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ゴットホルド・ベック宣教師とキリスト集会の歩み A

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ウォッチマン・ニーの伝道方法で
ゼロからスタート

 ベックさんは来日する前から、ウォッチマン・ニーのグループの伝道の方法に心が引かれていた。そのグループは牧師を置かず、会員制度も取らず、献金も月定献金という方法でなく、全くの自由献金という形をとっていたが、大きな祝福があった。

 「日本で、この方法を生かした伝道は出来ないかと、ずっと考えていたのです。私の所属していた団体の責任者に話したのですが『日本ではその方法はだめ』と言われてしまいました。」

 所属の団体を出ることは、小さい子供を五人も抱えたベックさん家族にとって、大きな決断を必要としたが、ベックさんは自分の信じる道を選び取り、吉祥寺で、単独で、全くゼロからのスタートをきったのだった。1964年、茨城での開拓伝道から約十年の月日が流れていた。

 「初めは宇都宮で伝道したかったのですが、なかなか伝道するのに適当な家が見つからなかったのです。そんな時、吉祥寺に、宣教師が管理していた家が見つかったのです。48年前に建てられた家で、7ヶ所から雨漏りがあり大変でした。」

 集会は、ベックさん家族、それに茨城からベックさん家族と一緒に移ってきた三人の婦人によって開始された。ベックさんは、家族の生活を支えるために大学で教べんをとった。

 ベックさんは宣教師から一般の信徒に。周囲の人にも、“先生”と呼ばず、“さん”づけで呼ぶように徹底した。こうして牧師なし、会員制度なし、月定献金なしの、吉祥寺キリスト集会がスタートした。



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※このページの内容は、1989年度のキリスト新聞に記載された『主に遣わされて』の記事を参考にしています。


ウォッチマン・ニー (1903〜1972)

 ウォッチマン・ニーは中国で生まれ、大学生の時から自分を主に捧げ、この時代の執事として神のことばをもたらすために大いに用いられた神の僕です。

 彼が解き放った数多くのメッセージは全世界の主を愛する兄弟姉妹から、これこそ神からの生けることばであると証言され、真の命の供給を与えてきました。

 彼の晩年は主に忠実であるがゆえに刑務所に入れられ、肉体においては20数年束縛を受けましたが、彼が解き放った神のみことばは縛られることなく、ますます広められました。