キリスト集会のご案内
TOP日曜礼拝家庭集会よろこびの集い出版物  


メ ッ セ ー ジ ・ 証 し 集


御代田・元旦メッセージ
   
2003.1.1(水)
ベック兄メッセージ(メモ)

 
 あけましておめでとうございます。
今年こそ、また多くの人々が救われ、そして、イエス様に迎えに来てもらいたい気持ちでいっぱいです。まず、2箇所お読みいたします。
テモテ第一の手紙2章4節。
   神は、すべての人が救われて、真理を知るようになるのを望んでおられます。

もう一箇所、サムエル上の18章17節。
  「勇敢にふるまい、主の戦いを戦ってくれ。」

主イエス様のみこころは、すべての人が救われることであり、悪魔の願いはまさにこれと正反対ですべての人が呪われることです。イエス様のみこころは、人間が真理を知るに至ることであり、悪魔の願いはすべての人間が試みにあって誘惑され、間違った道に行くことです。
主イエス様のみこころと悪魔の願いがこのように対立している故に、あらゆる主を知るようになった者は、この戦いの中に投げ込まれています。キリスト者の生活は、決して遊びごとではないということです。ふさわしい歩み、或いはふさわしく歩むことでなければならない。我々の模範であるパウロは告白しています。
エペソ書、4章1〜3節。
   さて、主の囚人である私はあなたがたに勧めます。召されたあなたがたは、その召しに
  ふさわしく歩みなさい。謙遜と柔和の限りを尽くし、寛容を示し、愛をもって互いに忍び
  合い、平和のきずなで結ばれて御霊の一致を熱心に保ちなさい。

 次に、信じる者の生活は、競走として説明されています。ヘブル書12章1節。
   こういうわけで、このように多くの証人たちが、雲のように私たちを取り巻いているのです
  から、私たちも、いっさいの重荷とまつわりつく罪とを捨てて、私たちの前に置かれている
  競走を忍耐をもって走り続けようではありませんか。

それから、信じる者の生活は、旅人や寄留者の歩みにも例えられています。
ペテロ第一の手紙の2章11節。
   愛する者たちよ。あなたがたにお勧めします。旅人であり寄留者であるあなたがたは、
  たましいに戦いをいどむ肉の欲を遠ざけなさい。


「主に従う兄弟姉妹は、寄留者、或いは異分子として、この世の中で歩まなければなら
ない」と、聖書は言っているのです。これを、ひとことで表現するならば、「キリスト者の生活は戦いそのものです」。
このような歩みをするためには、人間は自分自身の力に拠ることは出来ず、イエス様の
力に拠り頼む以外に方法はありません。ただイエス様にお従いしたい兄弟姉妹は、誰でも、この戦いの中に投げ込まれた者です。したがって、悪魔の憎しみを感じることのない者はまことに災いです。
 もちろん私たちの戦いは、決して血肉、即ち人間に対する戦いではなく、我々の敵とは
悪魔です。エペソ書6章12節に書かれています。
   私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗やみの世界の支配者
  たち、また、天にいるもろもろの悪霊に対するものです。

聖書によると、三種類の敵が我々に対立しています。
(1) 「この世」です。この目に見える世界です。
(2) 「肉」です。我々のわがままです。
(3) もちろん、「悪魔」です。

(1) 第一の敵、「この世」について聖書は言っています。ヨハネ伝17章14節です。
  「わたしは彼らにあなたのみことばを与えました。しかし、世は彼らを憎みました。わたしが
  この世のものでないように、彼らもこの世のものでないからです。」

 聖書はまた、「この世の友は神の敵である」とはっきり言っています。
ヤコブ書4章4節。
   貞操のない人たち。世を愛することは神に敵することであることがわからないのですか。
  世の友となりたいと思ったら、その人は自分を神の敵としているのです。

と、ヤコブはイエス様に出会った人間に書いたのです。
この世との内面的な分離がなければ、本当に主との交わりにあずかることが出来ません。

(2) 第二の敵は、「自分」です。聖書は、「肉」であると言っています。
ガラテヤ書5章17節。
   肉の願うことは御霊に逆らい、御霊は肉に逆らうからです。この二つは互いに対立して
  いて、そのためあなたがたは、自分のしたいと思うことをすることができないのです。

ここで、「肉」とは人間のわがままな意思のことを意味しているのです。自分のことば
かり考える者は、悪魔の奴隷、したがって悪魔に捕らえられ、悪魔の虜になっている者に他なりません。

(3) 第三の敵は、この世と肉を利用する「悪魔」です。
ペテロ第一の手紙5章8節に、次のように書かれています。
   身を慎み、目をさましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、ほえたけるししのよう
  に、食い尽くすべきものを捜し求めながら、歩き回っています。

これらの三つの敵を軽く考えることは、大きな間違いです。悪魔は、日夜私たちを攻撃
しようと隙を狙っています。主なる神は、聖書の中で、何百回も我々に向かって、言っておられます。「恐れることはない。わたしはあなたがとともにおり、あなたがたの代わりに戦っているのです」と。
敵は決して想像上の偶像物ではありません。このような恐るべき敵の力のために、恐れをなすことは全く当然のことと言えましょう。けれど、私たちは、主とともに圧倒的な勝利者であることをゆるされています。ローマ書8章37節。
   しかし、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのことの中にあっ
  ても、圧倒的な勝利者となるのです。

勝利者なるイエス様は器を求めておられ、その器を通してご自身の勝利を明らかにする
ことが出来るのです。そしてイエス様は、同労者として私たちのようなものを用いようと望んでおられます。すべてはイエス様に委ねられています。イエス様はご自分がお用いになることが出来る兄弟姉妹、即ち、すべてを主に委ねた兄弟姉妹を求めておられます。
こんにち最も必要なのは、主の同労者です。
初代教会の人々は言えたのです。「私たちは神の同労者です。私たちは神とともに働く者として、あなたがたに懇願します。神の恵みを無駄に受けないようにしてください。」と。
かしらなるイエス様は、主のからだである兄弟姉妹を通してお働きになり、ご自身を明らかになさりたいと思っておられるのです。マルコ16章15節。
  「全世界に出て行き、すべての造られた者に、福音を宣べ伝えなさい。」

「主イエスを紹介しなさい」。 これこそが、我々の果たさねばならない義務なのではないでしょうか。
最後に、もう一箇所読んで終わりにします。イザヤ書41章の10節です。
   恐れるな。わたしはあなたとともにいる。たじろぐな。わたしがあなたの神だから。わたし
  はあなたを強め、あなたを助け、わたしの義の右の手で、あなたを守る。

                                      了



サイトマップ
更新履歴


メッセージ・証し集インデックスページ

◆メッセージ(ベック兄)

※一部、テープの転換による不明部分あり

神のみことばは神のみことばである(5) 2006. 4. 18
神のみことばは神のみことばである(4) 2006. 4. 11
神のみことばは神のみことばである(3) 2006. 4. 4
神のみことばは神のみことばである(2) 2006. 3. 21
家族の救い 2006. 3. 19
神のみことばは神のみことばである(1) 2006. 3. 14
主イエスは神の子キリストである(4) 2006. 3. 7
主イエスは神の子キリストである(3) 2006. 2. 28
主イエスは神の子キリストである(2) 2006. 2. 14
主イエスは神の子キリストである(1) 2006. 2. 7
勝利の生活の秘訣 2006. 1. 24
イエス・キリストのからだ 2006. 1. 17
主の永遠からの予定 2006. 1. 10
元旦メッセージ 2006. 1. 1


2005年度のメッセージ集
2004年度のメッセージ集
2003年度のメッセージ集